雛人形ありがとう!供養を込めて

娘が、昨年11月5日に脳幹グリオーマで永眠し、来月で4ヶ月経過します。

お雛様の季節ですね。

雛人形供養を込めて、セカンドライフに送りました。以前長男のランドセルを送った事があります。

ワクチン代などにも利用してもらえるようです。

詳細はこちらです。

https://www.ehaiki.jp/second/nagare.html

ご興味ある方はどうぞご覧ください。

 

18年前、実家の両親が美羽子のためにプレゼントしてくれた大切な雛人形

私は一緒に選べなかったので、リクエストとしては、「転勤が多いからコンパクトなものでお願いします」と伝えていました。

家に届き、お人形屋さんがテキパキと丁寧に飾りだした雛人形は、想像以上に大きくて、「これ、うちのですか?間違いではないですか?」と途中聞きたくなるくらいの大きさでした。

間違いはないようで、とても綺麗で嬉しい反面、人形収納木箱やダンボールなど大小合わせて6箱あり、収納スペースが…と思ってしまいました。

両親にお礼を兼ねて電話で大きさを確認したら、「同じ価格だったら、大きい方がよく見えて」という理由でした。

両親の気持ちもよく分かります。下の子の五月人形は一緒に選べて、コンパクトなものにしよう!と思っていたのですが、まあまあの大きさになってしまいました。

飾ってある状況と収納箱のイメージが購入する時は、もうすっかり念頭になく収納スペースが結構とられました。

これから購入する方には、収納箱のイメージも店員さんにお尋ねする事をおすすめしたいです。

そんな雛人形🎎

美羽子が、脳幹グリオーマになる前まで、多動だったころ、本当によく守ってくれていました。

いろいろな事件がありましたが、いつも無傷なみわみわなんです。

警察にも4〜5回お世話になりました。

家から1人でおでかけして、あっという間にいなくなるという事がありました。

「あっ外にいる!」と思って、美羽ちゃんのいた場所まで行ったらもういなくて、警察に捜してもらった事があります。

もしも万が一、誘拐されていた場合、犯人から電話がかかってきた時の電話の取りかた、セリフを教えてもらったり。盲導犬をだして捜してくれたり。

結局、すぐ近くの校区の体育館にいて、夜バレーボールの練習をしていた大人が、女の子の存在に気づき、警察に電話連絡をしてくれたそうです。

警察からは「お嬢さんらしい子がいます、どんな服を着ていたか、おぼえていますか?」

と尋ねられていました。

答えられましたが、虐待の有無もなんとなく調査されているのかな?と感じました。

 

一番ヒヤリとした事件は、家族中寝ている夜中に、美羽子1人でかけていた事でした。

中学生の頃でした。

夜中の0時から4時の間に出かけていたのです。主人が0時過ぎにねて、5時前には目が覚めていました。母は、6時前に起き美羽ちゃんがいないことに気がつきました。

そこから警察に電話しながら、家の周りを歩きながら捜しても見つからず。

車で、捜しながら警察署にむかいました。

途中警察とのやり取りで、美羽ちゃんの目撃情報をいただき、やっぱり、駅の方に行ったんだ!という事が分かりました。

その頃は、毎週末、朝夕時間がある時は夫と家から駅までよく歩いていました。

また、毎週日曜日11時から14時の間は、ヘルパーさんと行動援護で駅まで歩いて行っていました。

だから、道もおぼえているし、30分ほど時間はかかりますが、歩いて行けたんだと思います。

私たち夫婦が警察署につき、警察官に事情聴取を受けていたら、6時半頃になりました。

「もしかしたら、みわみわ家に帰ってるかも!」と思い、主人だけ、先に家に戻りました。

予感的中、マンション1階のコインランドリーの椅子に座って、外を眺めてるみわみわがいました。

公共バスの始発もない時間なので、歩いて帰ってきたのです。

他にも街から1人でバスに乗って、バスを乗り間違えて、最後まで乗っていたのでバスの運転手さんのお世話になった事もあります。

いろんな方に助けてもらいました。

多動で目が離せないのに、いつも無傷なみわみわでした。

夜中に1人ででていかないように、鍵だけでなく、番号付きの自転車の鍵なども使って番号解除しないと絶対に開けられないように対策をしました。

この辺は、認知症で徘徊のある方と共通することなのかなあと感じました。

自分で歩けることは嬉しいけど、逆に目が離せない…というところです。

 

あの頃は大変だったけど、もういないと思うとやっぱり寂しい…気持ちが急に込み上げてくる時があります。

昨日は夫が朝5時に目が覚めて、また寝ようかと思ったけど、リビングの電気がついていて、みわみわに起こされた気がして、そのまま起きてランニングへ。「みわみわのことを思い出して、走りながら涙がでてきた」と帰ってきた夫が、泣きながら話してくれました。

昼間、母1人で街までウォーキング。帰りはバスで帰りました。

夕方、仕事から帰った夫と2人で近所をウォーキング。

偶然お世話になっていたヘルパーさんにお会いでき、嬉しかったです。

昨日1日、美羽ちゃんが一緒だったような、みわみわルーティンだなあと感じました。

朝も昼も夕方も美羽ちゃんが元気な時にしていたことだなあと…

姿は見えないけど…

このブログを投稿しながら娘を想う事ができて、感謝です。

 

読んでいただきありがとうございます。

 

桃の花を飾ってみました。

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⑫幼稚園生活(年少編)

発達障害の子を持つ親として、幼稚園に入園させたものの「楽しく無事に幼稚園で過ごせるのかな?」と不安がありました。

娘のクラスの子供の人数は、15人でした。

担任の先生と、さらに補助の先生が付き大きなトラブルなく過ごせました。

幼稚園に入ってよかったこと、嬉しかったことは、

1、朝規則正しい生活がおくれたこと。

決まった時間に送迎バスが来るのでそれに合わせて朝の支度ができました。バスが好きな娘でしたので、そこはとてもよかったです。

2、ルーティーンが好き。

幼稚園で歌う食前のお祈りの歌をおうちでも歌ってくれる娘でした。

"めぐみの神さま、今いただく食べ物を 主イエスの名よって 感謝します“

幼稚園であった出来事など、娘と言葉のコミュニケーションはとれず、先生からの連絡ノートが頼りです。

そんな中でしたので、食前に歌う姿を家で見れることは、「幼稚園楽しいよ」という娘からのメッセージのようで、本当にとても可愛くて(親バカ)嬉しくてたまりませんでした。

3、理解あるママ友との交流。

娘のクラスは、障がい児は、ほかにいませんでした。

障がいについて、他の保護者に伝えるべきかどうか?悩みましたが、最初の保育参観の後、

伝える事にしました。

担任の先生から促されたわけではなく、私が決めました。

先生は、娘の問題行動に対して、子どもたちにわかるようにその都度理由を伝えてくれていました。なので、言わなくてもよいかと思った時期もあるのですが、幼稚園早帰りの日、幼稚園の外で親子で集まり遊ぶ事もあったため、伝える事にしました。

どんなふうに話したら、理解してもらえるか?あまり重たく考えず、伝えてもフラットな関係でいてもらえるように、話そうとしたのですが、泣きながら話してしまいました。

結果伝えたことはよかったです。

年少から入園するのに不安なのは、障がいを持つ親だけではなく、第一子だったり、なんらかの不安があるママもいる事が、分かりました。

 

保育参観で、ピアノのリズムに合わせて自由表現のダンスのような、フロアいっぱい駆けめぐり表現する行事を見に行きました。

決められた振り付けなどないので、間違いはありません。

ピアノのリズムのイメージに合わせて踊る。

これが、娘にとってはイメージが難しいようで、目立ってないか心配になりました。

隣にいたママ友に、「うちの子目立つよね〜」と話したら、

ママ友「えっ?自分の子ばっかり観てたから、わからなかったよ」と言ってました。

なるほど〜確かに、私も逆の立場だったら、そうかもしれないと、気持ちが軽くなりました。

通っていた幼稚園は、カメラやビデオ禁止の幼稚園でした。

理由は、「カメラやビデオを通して子どもを観ると、どうしてもうまく撮ろうとする方に意識が向いて、子どもの本来の姿が観れなくなる。」と説明を受けました。

一瞬一瞬を大事に、子どもの気が伝わってくるくらい集中して観ることが出来ました。

 

 

4、障がいを持つ親同士でも励ましあえる。

障がいは同じじゃなくても、障がいを持つ親との交流会を持ってくれる幼稚園でした。

みんな我が子のように、成長を一緒に喜んだり、悩んだり出来たこともよかったです。

 

5、幼稚園の運動会は楽しい!

幼稚園は、小規模なので運動会の様子が間近で見ることが出来、順番もすぐ来ます。

とくに親子での参加は、小さいからこそ出来る競技で、この時期だけのお楽しみだなあと思いながら観ていました。

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読んでいただきありがとうございます。

#発達障がい

#幼稚園不安

#障がい児

#障がいを伝える

 

小児慢性特定疾病医療受給者証 返納

美羽子は、2020年に3月末に小児慢性特定疾病医療受給者が交付されました。

私たち夫婦は、この制度があることを知りませんでした。

情報源は、脳幹グリオーマのお子さんの闘病ブログからでした。

そのお子さんのブログを見つけた時は、自宅療養中の様子で、「小児慢性特定疾患医療受給者証があるから、自宅での訪問医、訪問看護、訪問リハビリを診療費を考えずに利用できて助かる」という内容でした。

 

美羽子は、2019年11月に脳幹グリオーマと診断され入院、放射線治療を25回して退院。

2020年12月末に退院後、放射線治療を5回通院しました。入院治療費は、知的障がいを伴う自閉症で、1人では入院出来ず、個室だった事もあり高額でした。

 

退院後、外来診察の際に、小児慢性特定疾病医療受給者証のことをドクターに確認したら、外来コーディネーターさんに通してもらいました。

外来コーディネーターさんが、「入院中になぜ説明されなかったのか?」確認してくださいました。

返答は、小児慢性特定疾患に指定されている疾患名に脳幹グリオーマが記載されていないからでした。

そこで、同じ脳幹グリオーマで申請がおりている方の存在を、ブログで知った事を伝えて、申請をお願いしました。

疾患名を、中枢神経系の腫瘍で、主治医が手続きを検討します。というよい方向になりました。

そして、外来コーディネーターさんのおかげで、この制度の審査会に申請することができ、交付にいたりました。

支払った入院治療費は、個室代と食事代以外は、ほぼ返金されました。

そして、自宅療養となってからも、訪問医療、訪問看護、訪問リハビリ、お薬代もこの制度を利用して、助成してもらう事ができ、本当に助かりました。

 

今日は、お世話になった小児慢性特定疾病医療受給者証を返納に保健所に行きました。

申請する時と同じ窓口で、手続きの書類の返納理由に○をつける欄があって、とても悲しくなりました。

 

この受給者証を知ったのは、ブログのおかげでした。

大切な情報を教えてもらえて感謝です。

 

最近はみわみわの幼い頃からの事を投稿しています。

障がいが同じでなくても、どこか共感してもらえたり…。

また、どなたかのお役に立てれば嬉しいなあと思いながら、投稿しています。

 

クスッと笑えるような事もたくさんありました。

 

 

 

2019.11.20 入院中

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付き添いました

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入院期間中の外泊自宅にて

半袖みわみわ♡

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読んでいただきありがとうございます。

#小児慢性特定疾病医療受給者証

#自閉症

#脳幹グリオーマ

⑪幼稚園に入園

2006年、美羽子3歳の春、年少から幼稚園に入園しました。

幼稚園では小さいトイレなので、オマル持参しなくて大丈夫でした。

 

幼稚園入園後も、 ABA療育(大学に週1回、家庭で母が毎日)、病院の療育(OT.ST.保育を大体週1回)を続けていました。

母がもっとABA療育を頑張れたら、幼稚園に行く選択はなかったかもしれません。

当時は、毎日の生活が、きつくてしんどくて、保育園か幼稚園か入園させたかったのです。

未就園児の障がい療育施設に通園させる選択肢もあったと思うのですが、全く考えませんでした。

多分まだ、美羽子の障がいを受け入れきれていなかったのだと思います。

定型発達の子供たちの中にいれてみたい思いがありました。

毎日の生活リズムは、美羽ちゃんと下の子を連れて毎日公園に行ったり、お昼ご飯を作って食べさせて、合間にABA療育や家事をしながら、夕飯作って食べさせて、お風呂に入れて、夜はなかなか寝てくれなくて、毎日毎日いっぱいいっぱいになっていました。

美羽子が、下の子にしたらいけないこととわからずにしてしまう事、高いところが好きで出窓に座ったり。窓を開けたら落下するような場所でした。物もよく落とすようになり、窓を勝手に開けられないような対策をとりました。

本当に目が離せなくて、もうどうにかなりそうでした。

夫が仕事から帰るときにいつもメールで、「今日の夕飯何?」って聞いてくるのも、しんどくなりました。美味しい料理を作って、働く夫に感謝して、きちんと主婦をしたい思いもありましたが、出来なくなってきたからです。

今思うと、もし、今の時代ならば、あの頃の私に「家事は家電に頼ろうね!!」と言ってあげたいです。

そのくらいメンタルが、いっぱいいっぱいになっていました。

そこで、保育園に入れたくて、保健師さんに相談しました。

保健師さんは、「健常のお子さんだと、保育士さん1人に対して5人はみれます。美羽子ちゃんの場合だと、1人の保育士さんがつきっきりになります」と言われました。

そうなんだーーーと思って、ショックでした。

と同時に、そんな保育のプロの方でも手がかかる子なんだなあと。

私、頑張ってるやんと、ちょっと自分を大事にしてあげようという気持ちにもなれました。

 

そこで、私は働いていなかったので、それならば幼稚園に入園させたいと思い、幼稚園選びを行いました。

正直にいうと選べる立場ではありません。

障がいの子をお持ちの先輩ママに聞いたり、児童相談所に行き、「ここの幼稚園は断らない、どんな子でも受け入れてもらえる」という幼稚園にだけ見学に行きました。

2園でした。

どちらも先生方お優しくて、癒されました。

最終的には、園バスで、送迎をしてくれるところ。

子供たちが裸足で遊んでいたり、泥だらけになっている姿をみて、みわみわにも経験させてみたいなと思い、幼稚園を決めました。

 

園バスを待っているところ

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園バックは、私の母(おばあちゃん)の手作り♡
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この頃から、

ハイチーズは、

ほっぺに指さしスタイルポーズ。

 

 

 

読んでいただきありがとうございます。

⑩トイレトレーニング、どこに行くにもオマル持参で

もうすぐ3歳になる夏🍉

トイレトレーニングをして、オマルでOK✨

になりました。

ABA療育のマニュアルを見ながら、親子で丸一日頑張りました!

美羽子がおしっこに行きたくなる前にオマルに座らせて、座ったら褒める✨

でたら褒める✨

とにかくこの繰り返しです!

オマルにすぐに座れるように、リビングで行いました。

出来てきたら、オマルをトイレに移動させて。

トイレに置いたオマルでできたら褒める✨

出来てきたら、トイレに幼児用の補助便座を置いてできるようにしていきました。

オマルで出来たら、オムツは卒業です。

逆にオムツを嫌がるようになりました。

なので、どこに行くにもオマル持参でした。

下の子のベビーカー👶の後ろに、大きな袋をひっかけて、その中にオマルを入れておでかけしました。

おでかけの際は、車椅子用の広いトイレがある場所を選んでいました。

地元のショッピングモールに持って行っていたことを、ついこの間の事のように思い出します。

車椅子用トイレ♿️ほんとにお世話になりました。

今思うと、どこに行くにもオマルを持って歩いていたのは、客観的にはマジで!?という感じでしょうけど、その頃は必死でした。

 

つみきの会の講習会帰り

福岡のコスモス畑にて

 

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読んでいただきありがとうございます!

 

⑨3歳、単語数が増えました!

ABA療育で、物の名前を覚えることを教えていきました。

美羽子に椅子に座らせて、絵カードを見せて、

例えば、母「コップ」美羽子「コップ」

と言えるように、まずは、「コ」から。

スモールステップです。

できたら、ものすごく褒める!!

単語は、絵のみでなく、自宅にある実際に使っている物の写真を撮り、それをカードにして教えていきました。

褒めることに対して、美羽子が喜べてないときは、小さなお菓子をベビーチョコなどよくあげていました。

セッション中は、無表情で行います。

出来たら思いっきり笑顔で褒める!!

無表情というのが結構難しく、私は得意ではありませんでしたが、専門の先生に指導していただいたり、つみきの会の講習会で教わりながら行っていきました。

3歳になり、七五三のお祝いに、写真館で美容師の母の妹にセットしてもらい、記念撮影です。

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かなりヤンチャだったので、妹にセットしてもらい助かりました😆

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みわみわもよく頑張りました✨

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いい笑顔😊

 

七五三当日

お詣りした後に、着物姿を見てもらいに。

前撮りしてよかったなあと思います😆

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大好き♡仲良しひいばあちゃんと
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今ごろ、きっと二人仲良くしてるかなぁと思います✨(ひいばあちゃんは、6年前、みわみわが小6の時に永眠しました)

 

3歳時健診の母子手帳

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単語数伸びてます✨

 

 

下の子は、生後6か月頃から美羽子の療育に一緒に連れ回しました。

赤ちゃんなのに、のんびりゆっくりしてあげられなくて、ごめんねという気持ちでした。

それでも一緒にいるだけでどんどん成長していく下の子をみてとても嬉しく、安心しました。と同時に、美羽子の持って生まれたというか、元々持っていないものがよくわかってきました。

脳の機能が違うんだなぁと痛感しました。

そうやって少しずつ美羽子のことを受けとめて理解できるようになってきました。

 

読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

 

⑧ABA療育との出会い

私たちは美羽子が、なんとか健常児に近づける方法はないのか?と模索していました。

まだ3歳にもなっていない美羽子の将来が、特に私たち親が亡くなった後、心配でたまらなかったのです。

将来、少しでも困らないようにしてあげたい!少しでもいいからコミュニケーションがとれるようになってほしい!と願いました。

そして、これだ!!とパソコンで出会ったのが、 ABA療育でした。

自閉症の療育方法の一つです。

日本語では、応用行動分析で、行動療法と呼ばれています。

アメリカ🇺🇸ロサンゼルスで、ロバース博士が、ABA療育で、19人の自閉症児を治療し、そのうち9人が(47%)知的に正常になり普通学級に通えるようになった👏

と一筋の光が見えた記事でした✨

さらに、

「わが子よ、声を聞かせて ー自閉症と闘った母と子 」キャサリン モーリス(著)(NHK出版)という本を読みました。

 

そして、つみきの会に入会しました。

NPO法人つみきの会とは、自閉症の娘さんを持つお父さんである藤坂さんが、自らABAセラピーをはじめています。

詳細は、ホームページをご覧ください。

http://www.tsumiki.org/

私たちが入会したのは、2005年でした。

今から16年ほど前になりますが、ABA療育のことを知り大興奮した私は、美羽子の療育の際、おせわになっている保育の先生にABAのことを聞いてみましたが、知りませんでした。

今は、ABA療育のblog投稿されている方もいらっしゃいますし、ABA療育を経験されている方の書籍もあり、広まっているのを感じています。

 

私たちが入会した時は、同県には会員さんがいなくて、隣県での定例会に参加していました。

年に2〜3回参加出来たと思います。

年齢や自閉症の程度も様々な子供たちでしたが、みなさん真剣で参加のたびに、わたしも頑張ろう!!とパッションをいただきました。

代表の藤坂さんのセラピーでは、子供たちが変わっていく様子を目の前でみせていただき、いつも目からウロコ状態でした。

藤坂さんには、美羽子を幼稚園の年少から入園ついても、相談させていただきました。

美羽子の状態をみて、幼稚園大丈夫でしょう🙆‍♂️とアドバイスいただき、特に幼稚園に入るまでトイレトレーニングと言葉の数を増やすABA療育を頑張りました。

 

ABA療育で隣県に行った帰り😊観光も💕

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ABA療育を始めた頃の2歳夏🍉

もうすぐ3歳です😋
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読んでいただきありがとうございます。